白昼夢20080510

 ある瞬間電車に乗り間違えたことに気付く。知らない路線に乗っていた。静岡の近くに着いて、だけど怖いからすぐに帰りたくなった。


 そこは標識が不親切な駅。特急電車が、戦慄を覚えるほど乱暴に駅を通過する。人気が全くない。駅の周りには森林しかない。ホームの湿ったコンクリートにはヒビが入っている。蔦が柱に巻きついたまま枯れていた。


 音が聞こえない。何も聞こえない。
 風の音も木々の葉がゆれる音もない。
 電車が駅を通り過ぎるときだけ、激しい轟音が聞こえる。
 誰も居ないからだれかの話し声もきこえない。
 鳥もさえずらない。
 波の音も、飛行機の音も、自分の足音も聞こえない。

 
 重油のにおいがする。
 不気味な雰囲気がする。


 なんとなく、日常という安全圏から外れた空間にいることに気付く。僕は危険にさらされていることに気付く。誰かが抱いている悪意とは別の、闇の中で立ち尽くしている危険に近い。
 ここでは僕は視覚も聴覚も持っていない。ここは危険である。


 急行が駅に止まったので乗り込む。
 路線図を見る。知っている駅名は「川崎」と「東京」のみ。
 理由は知らないけれど、この急行は川崎にも東京にも止まらないらしい。


 しばらく悩んだ後、空いている席に座った。それらしい駅名を見つけて横浜の近くで降りて、横浜から京浜東北線で帰ろうと思った。


 その電車の中では電車の走る音は聞こえない。人の話し声だけが聞こえる。
 人の話し声は日本語だった。だけど文法が理解できない。
 向かいの席に目をやるとパンツが丸見えで、うげぇ、と思う。


 僕は途中で駅を降りる。タクシーを拾って横浜へと向かう。
 横浜までの料金を尋ねると、3000円くらいだと言われた。
 タクシーは10分ほど走って横浜駅にたどり着いた。
 12000円を請求されて、言われるがまま支払う。
 (タクシーの運転手も、さっきの「駅」と同じ雰囲気を持っていたから早く部屋に帰りたかった。)


 京浜東北線に乗り込む。乗り込みたい。
 走る、走る、走る。
 電車は既に動き出していた。だけど窓が開いている車両を見つけた。
 これを逃してはいけない。開いている窓に飛び込む。


 僕が乗ったのは確かに京浜東北線だった。
 車両の片隅に寄りかかる。なぜか不安は消えない。


 何も音が聞こえないままだった。
 視線の行き交いと人のかたまりと電車の揺れ。
 途方に暮れて目を閉じる。


 目が覚めた。